最高裁判所第二小法廷 平成9年(オ)1391号 判決 1998年12月18日
富山市東老田一一一八番地
上告人
有限会社古川酒販
右代表者代表取締役
古川義昭
右訴訟代理人弁護士
青山嵩
富山県砺波市中野二二〇番地
被上告人
立山酒造株式会社
右代表者代表取締役
岡本巌
右当事者間の名古屋高等裁判所金沢支部平成八年(ネ)第一二〇号不正競争行為差止請求事件について、同裁判所が平成九年三月一九日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人青山嵩の上告理由について
原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、結論において正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田博 裁判官 河合伸一 裁判官 北川弘治)
(平成九年(オ)第一三九一号 上告人 有限会社古川酒販)
上告代理人青山嵩の上告理由
第一、誤認混同のおそれと類似についての原判決の判断は、経験則に反して法令の違背が明らかである。
一、原判決は、一審判決の争点に関する判断を引用しているが、一審判決の判断によると、本件商標の「越乃立山」と原告(被上告人)の商標である「立山」とは、誤認混同されるおそれがあり、類似するとしている。すなわち、
<1> 概念においては、「越乃立山」は「北陸道に存在する立山」との意味であると解され、立山の観念と同一である。
<2> 称呼は「コシノタテヤマー」であり、原告(被上告人)商標の称呼は「タテヤマ」であり両者は形式的に異なるが、「越乃」が修飾語であることを考慮すると異なるイメージをもたらすものとは認められない。
<3> 誤認混同のおそれの有無は、富山県内におけるものとして判断すれば足りる。
二、しかし、これらの判断は、いづれも一面的に証拠を評価するものである。とりわけ特許庁の登録異議の申立における決定(乙三号証)においては、右の観念および称呼について次のように判断している。
すなわち「越乃立山」は、構成各文字は同書、同大、同間隔で外観上まとまりよく一体的に構成され、しかも全体より生ずる「コシノタテヤマ」の称呼も格別冗長とはいえず、よどみなく一連に称呼し得るものであって、観念上も全体として「北陸道にそびえたつ立山」の如き意味合いを生ずるとみるのが相当である。そうとすれば「越乃立山」の商標は、「コシノタテヤマ」(北陸道にそびえたつ立山)のみの称呼、観念が生ずるものとみるのが相当である。他方引用商標(立山)は、「立山」の構成文字に相応して「タテヤマ」(立山)の称呼、観念が生ずるものである。そこで両方の称呼、観念を比較するに両者の称呼における識別上重要な要素を占める語頭音において「コシノ」の差異を有するものであるから称呼上区別し得るものであり、観念上も上記意味合いの相違によって充分に区別しうる。外観、称呼、観念のいずれにおいても非類似の商標であり別異のものと認識、理解されるから申立人(原告-被上告人)の業務に係る商品と出所の混同を生ずるおそれはない。このように、特許庁では登録異議申立(原告、被上告人)について理由ないものと決定した。
このように「越乃立山」と「立山」との間で出所混同のおそれがない、非類似である旨明確に判断されたのであるから、かかる決定の存在とそこにあらわれた判断過程は、本件判決においても当然尊重されるべきである。
三、清酒に関して「越乃〇〇」と「〇〇」の商標は、全国的に広く多数存在していて、いづれも出所混同のおそれがないものとして、商標権として別のものとして共存している。
例えば、「越乃白梅」-「白梅」の商標についても、特許庁の審決において、「越乃白梅」は「越乃」と「白梅」の文字とは、外観上一体的に表現され、特に軽重の差を見出すことができない。「コシノシラウメ」と淀みなく一連に称呼し得るもの「白梅」の文字部分のみが独立して認識されると見るべき特段の事情はみいだせない(乙六)としている。その他近隣地域のみならず全国的にみても「越乃〇〇」と「〇〇」とは別の商標権とされているのである。「越乃寒梅」-「寒梅」、「越乃大岳」-「大岳」、「越乃雪月花」-「雪月花」(湯沢市と上越市)。「霊峰よねやま」-「越乃米山」(新潟県内)(乙二一)。「越乃日本櫻」-「日本櫻」、「越乃白鳥」-「白鳥」、「越乃桂月」-「桂月」、「越乃福司」-「福司」(甲二二~甲二八)このように「越の〇〇」のついた商標は「〇〇」とは別異の称呼、観念が生ずるものとして広く認識されている。これらは商標法上認められているもので、従ってそれぞれは非類似であって、出所の誤認の混同のおそれがないことは明らかである。
四、原判決は、このような「越乃〇〇」とする商標が全国的に広く認められ、また、特許庁においても決定や審決の判断において「越乃〇〇」と「〇〇」との商標には非類似性と出所の誤認混同のおそれがないものとしているのである。原判決は「越乃」(コシノ)を「立山」の単なる修飾語と判断しているが、「立山」と誤認混同を防ぐものとして「コシノ」は、立山との「識別上重要な要素を占める」語頭音であるとするのが特許庁の登録や異議における判断である。従ってかかる称呼、観念については実態や証拠を何ら考慮することなく、これを「越乃立山」は「立山」との間で類似性と誤認混同のおそれがあると認定した原判決は、採証法則に違背し、経験則上是認できない。これは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
第二、誤認混同のおそれの有無は富山県内におけるものとして判断すれば足りることについての原判決は、判断基準を一部の範囲でしかも特定人においているもので法の適用違背である。
今日清酒の購買者(需要者)は、その清酒などの蔵元のある地域だけで論ずることはできない、。地酒ブームは、今までの清酒のブランド指向から手造りの酒造りがブームをよんでいるのであって、その地域の特産が全国に宣伝され、全国的に利用されるようになっている。例えばある酒は、新潟産(例えば越乃寒椿など)であっこも、都会や地方問わず、伝えに称替されて、広く、普及しこいる。これらは公知の事実である。清酒は、地域を超えて流通され、良い酒は広く広まっていくのであるから類否や出所混同のおそれの有無はその地域に限定して考えるべきではない。商標法や不正競争防止法が全国に適用されると同時にその類否などの判断は、一般人(通常人)の判断によるべきである。地域を限定した特定人によって類否を判断されるべきではない。このような判断基準の基本原則があるにもかかわらず、原判決は「先ず同県内の需要者の認識を基礎とすべきである」として一審判決と同様の思考の結果、類似性と誤認混同のおそれを認定しているのであるが、これは特許庁の判断や広く「越乃〇〇」の清酒が全国的に出ているのに、これらの事実を無視するものであって、これは明らかに採証法則に違背するものである。その結果法令の適用を誤ったものである。よって判決に影響を及ぼす明らかな違背というべきである。
第三、不正競争防止法で旧法六条削除に関して、原判決は法令の適用を誤っている。
一、不正競争防止法旧法第六条は、「商標法により権利の行使と認められる行為には適用せず」とされているが、これが削除されるに至ったが、これは「他人の業務上の信用、顧客吸引力を利用する意図をもってなされる」など権利の濫用と思われる事案があることから削除されたというのである。しかし「本適用除外規定を削除したとしても、両法益間の調整は、権利の行使は濫用にわたらない限り許されるとの一般原則により行われることとなり、工業所有権の正当な行使となるケースについて、従前と扱いが異なるような事態は生じない」(逐条解説不正競争防止法 有斐閣 一一九頁)とされている。
二、上告人の商標権取得の経過は、自らのブランドで清酒を造ってみたいとの素朴な気持ちから、しかも「越乃立山」(コシノタテヤマ)という語呂と響きがよく、北陸道にそびえたつ立山という広大なスケールと万葉歌人などにも歌われ、いにしえを思わせる商標に思いついたのである。そして商品をつくる前に商標権の登録をしなければならないことから本商標登録としたところ、特許庁において商標登録が認められたのである。そしてこれからいよいよ生産販売の段階に至ったところである。このように、その商標をとった動機や商品生産の過程は悪意に満ちたものでない。しかも他の清酒では「越乃〇〇」の名称が多く普及していることから被上告人の商標「立山」を念頭に入れたものでなく、その信用、顧客吸引力を利用する意図も動機もないものである。
三、よって上告人は、商標法にもとづく商標登録の認められた「越乃立山」の商標を利用して清酒の製造販売したとしても正当な権利行使であって決して権利の濫用とならないもので、法律によって許されるべきである。原判決はかかる上告人の登録した商標にもとづく上告人の権利行使を許さないとする点で、商標法上許される正当な権利行使を不正競争防止法の適用によって許されないとするもので、不正競争防止法の拡大解釈であり、よって原判決は、法の解釈適用の誤りは明らかである。
第四、いづれの論点よりするも原判決は違法であり破棄されるべきものである。
以上